「産科医療崩壊から再生への象徴の島」 

隠岐広域連合立隠岐病院 診療部長 加藤一朗

 平成184月隠岐病院産婦人科常勤医が不在となり、島の妊婦さんは本土での分娩を余儀なくされました。

 この「島から産声が消えた」ニュースは、当時出産環境の悪化を象徴する事例として全国から関心が寄せられました。

 当時プライマリ・ケア医であった私は、助産師である妻の勧め(命令?)があり、産婦人科研修を積んで平成194月~ベテラン助産師と協働して院内助産院システムを開始し、分娩制限しながらもなんとか島の産声を守りました。

 現在私は産婦人科医とプライマリ・ケア医の2足のわらじをはいて仕事をしています。未明に穏やかの経腟分娩に立ち会い、そのまま島の端の診療所や隣の島の診療に出かけることもあります。

 このことが最近まんがコウノドリ17巻に掲載されましたので、もしよろしければご覧ください。

コウノドリ17巻表紙

 

 私が離島周産期に携わるようになってから、他の離島の周産期がどのような状況であるのか分娩を行っている全国離島対象にアンケート調査を2回行いました。

 その調査により全国の離島においては産婦人科医や助産師の不足といった厳しい状況であるのに、なかなか島民・行政の理解が得られないということも浮彫りになりました。そのため、当隠岐の島においてへき地離島の周産期ファーラムを開催し、全国からパネリストをお招きし一緒に考える場を設けました。

周産期フォーラムの案内

 また、特にへき地離島においては、産婦人科専門医以外の医師が少しでもウイメンズヘルスケア(女性診療)を担うのを期待しつつ、産科救急のシミュレーション教育であるALSOBLSOの活動にも参加しています。今後も離島での分娩を継続するためには、島民・行政の理解・協力のもと、助産師さんらとより一層協働する必要があると考えています。